一期一会いちごいちえ

一生に一度だけの出会いだと考え、その一瞬一瞬の出会いを大切にすること。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
スピーチ結婚式や送別会で、出会いへの感謝を格調高く伝えられる
注意: 目上の相手に「この出会いも一期一会」と言うと軽く受け取られかねない。「一期一会の出会い」は重複表現。

そのまま使える例文

スピーチ

結婚式のスピーチで「一期一会の出会いに感謝します」と締めくくった。

初対面の取引先との商談でも、一期一会の気持ちで丁寧に対応するよう心がけている。
卒業文集に「これまでの一期一会に感謝して、次のステージに進みます」と書いた。
旅先で出会った人との会話も、一期一会だと思うと一つひとつが特別に感じられる。

深掘りに備える — 由来

出典: 『山上宗二記』

「一期一会」の概念的な源は、千利休の高弟である茶人・山上宗二が著した『山上宗二記』(天正16年〈1588年〉。道具の所持者の記録から天正14年〈1586年〉に遡るとする見方もある)にある。

聞かれたら: 「『山上宗二記』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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「一期一会」の概念的な源は、千利休の高弟である茶人・山上宗二が著した『山上宗二記』(天正16年〈1588年〉。道具の所持者の記録から天正14年〈1586年〉に遡るとする見方もある)にある。同書「茶湯者覚悟十躰」には「路地へ入るより出づるまで、一期に一度の会のように、亭主を敬い畏るべし」という一文があり、デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語辞典オンラインはいずれもこの「一期に一度の会」を出典として挙げる。利休の教えを宗二が書き留めたものとされることが多いが、書名だけを示して利休の名を出さない辞典もあり、どこまでが利休自身の言葉かは確定していない。一方、「一期一会」という四字熟語の形そのものは、江戸時代末期の大老・井伊直弼が茶道の心得をまとめた『茶湯一会集』(安政5年〈1858年〉頃に完本)でこの語を掲げたことにより広まったとされる。同書は「一期一会といひて、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかへらざる事を思へば」と説く。「一期」はもと仏教語で人の生から死までの一生を指し、どの茶会も一生に一度きりの出会いだと思って、亭主・客ともに誠意を尽くすべきだという心構えを表す。

似た語と間違えない

一期一会一生に一度だけの出会いだと考え、その一瞬一瞬の出会いを大切にすること。
邂逅約束もなく思いがけず出会うこと。
千載一遇
一世一代

辞典が類義語として挙げるのは「邂逅」「千載一遇」「一世一代」など。「邂逅」は約束のない偶然の出会いそのものを指す語で、その場にどう臨むかという心構えは含まない。「千載一遇」は滅多にない好機そのものを指すのに対し、一期一会は機会の希少さを踏まえて相手に誠意を尽くすという態度に重心がある。混同されやすい「会者定離」は、出会った者はいつか必ず別れるという無常を説く語で、一期一会が出会いの側に重心を置くのに対し、別れの側に重心がある対の関係にある(類語として並べるには無理があると指摘する解説もある)。

こんなシーンで使う

結婚式や送別会などのスピーチで、これまでの出会いへの感謝を格調高く表現したいときに向く言葉で、聞き手に丁寧で温かい印象を与える。茶道由来の重みのある言葉のため、軽い雑談やビジネスの日常連絡で多用すると仰々しく響くことがある。注意したいのは、目上の相手に向かって「この出会いも一期一会ですね」と言う形で、相手には「一度きりの些細な出会い」と受け取られる可能性があるため、幸運に出会えたという趣旨を伝えたい場面では別の言い方に替えるほうが安全である。また「一期一会の出会い」は「会」が二重になる重複表現になりやすい。初対面だけに使う語ではなく、何度も顔を合わせる相手に対して「この時間は二度と来ない」という感謝を示す場面でも、茶会の由来どおり自然に使える。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

一期一会の類義語は?
邂逅、千載一遇、一世一代
一期一会の由来は?
「一期一会」の概念的な源は、千利休の高弟である茶人・山上宗二が著した『山上宗二記』(天正16年〈1588年〉。道具の所持者の記録から天正14年〈1586年〉に遡るとする見方もある)にある。
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